確定した判決に従わない政府が、罰として1日あたり49万円を原告に支払うことになった。いうまでもなく、国民の税金である。耳を疑うような公金支出のもとになったのは、2010年の福岡高裁判決だった。舞台は九州・有明海の西部、長崎県の諫早湾。国の干拓事業で17年前、湾が堤防で閉め切られ、広大な干潟が消えた。
判決は、有明海の環境変化を見きわめるため、堤防の排水門を3年以内に開くよう命じた。しかし、政府は昨年12月に期限が来ても開門しなかった。そこで原告の漁業者らは裁判所に申し立てをし、判決に従うよう促す強制金が決まった。なぜ判決に従わないのか。地元の長崎県や干拓地の営農者らが開門に反対しているからだ、と農林水産省はいう。
なるほど、営農者らが訴えた開門差し止めは、昨年11月に長崎地裁で認められた。営農者らもその決定が守られるよう申し立て、開門すれば政府が1日49万円を払うことも認められた。どちらに転んでも強制金。「開門と開門禁止。二つの義務の一方には立てない」と、政府は板挟みを演じている。
だが、そもそも裁判所の判断が割れた背景には、政府のかたくなな姿勢があった。高裁判決が認めた漁業被害と湾閉め切りの因果関係を、政府は今も認めない。それが長崎地裁の審理のなかで漁業者側の不利にはたらいた。これ以上、司法論争に時間を費やすのは不毛である。ここは訴訟合戦から一度離れ、現場に目を向けるべきだ。
干潟をつぶしてできた調整池では水質が悪化し、毎年有毒のアオコが大量発生する。水位が上がると湾へ流すため、池が有明海の汚染源になり果てた。湾閉め切り後、有明海全域でゴカイなどの底生生物が激減した。これが漁業不振の一因では、と指摘する研究もある。農水省は02年に短期開門調査をしている。1カ月弱で底生生物は一時的に急増した。池に海水を入れれば、干潟の浄化機能の一部がよみがえり、環境改善のヒントが見えてくるはずだ。
開門反対派は、開門すれば農業に支障が出る、と恐れる。だが、農水省は対策に自信を示している。不安ならば、さらに対策を強化すればいい。理解に苦しむのは、開門の話し合いさえ拒み続ける長崎県の対応だ。地域の対立要因をいつまで放置するつもりなのか。
有明海の環境再生と、地元の和解へ向けて関係者全員が真剣に知恵を結集するときだ。